2008年10月30日
誇り高き百姓
「田んぼの学校」発案者であり、
NPO「農と自然の研究所」を主宰する
宇根豊さんの講演を聞いたことがある。
「あぜ草を刈る、誇り高き百姓になって欲しい」
この言葉だけが頭から離れない。
真夏の炎天下。
草刈機を持って、田んぼに立つ。
全身汗だく。
Tシャツは絞れるほどの汗で重くなる。
あぜ草を刈るとは、そういうことだ。
宇根さんは言う。
1杯のご飯にはどれだけの赤とんぼが
付随しているでしょうか?
おたまじゃくしはどうでしょうか?
カネになる生産と、カネにならないものを切り離したときから、
農業の堕落は始まっていたのです。
(食と農の応援団HPより)
こだわり農家=有機・無農薬だと思って、
そんな農家を追ってきた学生時代。
いま。
僕は誇り高き百姓に出会った。
新潟市北区にある、(有)高儀農場、高橋治儀さん。
10年前に法人化し、フルーツトマトに特化した
農業経営を行ってきた。
その間、田んぼでの米作りも試行錯誤した。
完全無農薬でやってみるというチャレンジも4年ほどした。
雑草がものすごく生えた。
田植え機にアタッチメントを付けて、草取りをした。
手間がものすごく増えたが、収穫量が落ちた。
3年前に断念せざるをえなかった。
いま。
田植え後の5月下旬に1度だけ除草剤をまく。
「緑のあぜ道を見せたいよね。」
と高橋社長は言う。
田んぼと言えば緑だろうと誰もが思うだろう。
しかしながら、
少なくない田んぼが、田植え後の5月から、
稲は青々としているのに、あぜ道は、黄色く変色している。
それが除草剤だ。
一度撒けば、あぜ草を刈る手間がいらなくなる。
「緑のあぜ道」
僕たちのイメージでは当たり前のものとなっている風景は、
実は、たいへんな思いをして出来上がっている。
真夏の太陽の下、草刈機を持って、田んぼに立つ。
「あぜに撒いた除草剤が田んぼに入らないなんてことはないでしょう。」
と高橋さんは言う。
いま。
目の前に。
誇り高き百姓がいた。
農業とは、
単に食糧を生産する職業ではない。
自然とともに生き、自然と対話をしながらできる、
大いなる営みなんだとあらためて実感する。
食育とは、
それを伝えること、実感してもらうことなのではないだろうか。
NPO「農と自然の研究所」を主宰する
宇根豊さんの講演を聞いたことがある。
「あぜ草を刈る、誇り高き百姓になって欲しい」
この言葉だけが頭から離れない。
真夏の炎天下。
草刈機を持って、田んぼに立つ。
全身汗だく。
Tシャツは絞れるほどの汗で重くなる。
あぜ草を刈るとは、そういうことだ。
宇根さんは言う。
1杯のご飯にはどれだけの赤とんぼが
付随しているでしょうか?
おたまじゃくしはどうでしょうか?
カネになる生産と、カネにならないものを切り離したときから、
農業の堕落は始まっていたのです。
(食と農の応援団HPより)
こだわり農家=有機・無農薬だと思って、
そんな農家を追ってきた学生時代。
いま。
僕は誇り高き百姓に出会った。
新潟市北区にある、(有)高儀農場、高橋治儀さん。
10年前に法人化し、フルーツトマトに特化した
農業経営を行ってきた。
その間、田んぼでの米作りも試行錯誤した。
完全無農薬でやってみるというチャレンジも4年ほどした。
雑草がものすごく生えた。
田植え機にアタッチメントを付けて、草取りをした。
手間がものすごく増えたが、収穫量が落ちた。
3年前に断念せざるをえなかった。
いま。
田植え後の5月下旬に1度だけ除草剤をまく。
「緑のあぜ道を見せたいよね。」
と高橋社長は言う。
田んぼと言えば緑だろうと誰もが思うだろう。
しかしながら、
少なくない田んぼが、田植え後の5月から、
稲は青々としているのに、あぜ道は、黄色く変色している。
それが除草剤だ。
一度撒けば、あぜ草を刈る手間がいらなくなる。
「緑のあぜ道」
僕たちのイメージでは当たり前のものとなっている風景は、
実は、たいへんな思いをして出来上がっている。
真夏の太陽の下、草刈機を持って、田んぼに立つ。
「あぜに撒いた除草剤が田んぼに入らないなんてことはないでしょう。」
と高橋さんは言う。
いま。
目の前に。
誇り高き百姓がいた。
農業とは、
単に食糧を生産する職業ではない。
自然とともに生き、自然と対話をしながらできる、
大いなる営みなんだとあらためて実感する。
食育とは、
それを伝えること、実感してもらうことなのではないだろうか。
Posted by ニシダタクジ at 06:40│Comments(0)
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